1980年代前半のラリー界は、四輪駆動という新しい潮流に飲み込まれようとしていました。そのただ中で、ランチアは後輪駆動を選びます。しかも過給には排気タービンではなく機械式のスーパーチャージャーを用いるという、二重の逆張りでした。そして037は、後輪駆動車として最後の世界ラリー選手権制覇を成し遂げます。
機械式過給という選択と、ミッドシップの構成
037の心臓は2リッター級の直列4気筒に機械式スーパーチャージャーを組み合わせたものです。エンジンの回転を直接使って空気を押し込むため、排気タービンのような応答の遅れがほとんど生じません。
- ベルト駆動の機械式過給により、アクセル操作に対する応答が即座
- エンジンを運転席の後方に縦置きし、後輪を駆動するミッドシップ構成
- 前後にパイプ骨格を持ち、中央部はモノコックという複合構造
- 樹脂製の外板で軽量化し、整備時の脱着も容易に
この応答性が、路面の変化が激しいラリーでは決定的な武器になりました。とりわけ舗装路では、車体の軽さと駆動方式の素直さが生き、四輪駆動勢を上回る速さを見せます。
設計思想——競技専用として設計する
037は市販車を改造した車ではありません。競技のために設計し、規則を満たすために必要な台数だけを市販するという順序で作られました。
中央のモノコック部分は既存の小型ミッドシップ車から流用されましたが、その前後に骨組みを継ぎ足し、機関と足回りを新設計で組み上げています。整備の速さも重視され、外板を外せば主要部にすぐ手が届く構造でした。競技現場での作業時間を短縮する、実戦的な配慮です。
四輪駆動勢との戦い
037の最大の敵は、四輪駆動と過給を組み合わせた新世代のライバルでした。雪や泥といった滑りやすい路面では、駆動輪の数の差はいかんともしがたい。
ランチアは戦い方で応えます。舗装路の戦いで確実に勝ち、不利な路面では取りこぼしを最小限に抑える。緻密な戦略と乗り手の技量によって、1983年のメーカータイトルを勝ち取りました。後輪駆動車がこの称号を得た最後の例として記録されています。
主要スペック
| 項目 | 内容(おおよその値) |
|---|---|
| エンジン形式 | 直列4気筒 DOHC・機械式スーパーチャージャー |
| 排気量 | 約2,000cc(後期に約2,100ccへ拡大) |
| 最高出力 | 公道仕様で200馬力前後、競技仕様は300馬力級とされる |
| 変速機 | 5速マニュアル |
| 駆動方式 | ミッドシップ・後輪駆動 |
| 車体構造 | モノコック中央部+前後パイプ骨格、樹脂製外板 |
| 生産台数 | 規則に基づく200台規模とされる |
| 活動期 | 1982年〜1984年ごろ |
コレクターズガイド——なぜ今も価値があるのか
037は、競技用車両としての性格が濃い車です。公道仕様であっても、日常の使い勝手は望むべくもありません。それでも評価が高いのは、この車が背負う歴史の重さゆえです。
- 公道仕様と競技仕様では車体構成が異なり、素性の確認が不可欠
- 樹脂製外板は補修に専門技術を要し、当時の部品は入手が難しい
- 過給機と補機類の整備は、扱った経験のある工場が限られる
- 競技での使用歴が明確な個体は、記録そのものが価値になる
動態で保つには相応の覚悟が要りますが、走らせてこそ意味のある車でもあります。
ランチアとラリーの歴史
ランチアは、ラリーという競技において最も成功したメーカーの一つです。技術的な冒険を恐れず、勝つために必要なら常識を捨てるという姿勢が、一貫して受け継がれてきました。
037の開発と運営を担ったのは、傘下のアバルトです。競技に特化した組織が設計から現場までを一貫して担う体制が、素早い改良と実戦への反映を可能にしていました。
その後のグループBと、いま
037の後、ランチアは四輪駆動のミッドシップ車へ移行します。しかし競技そのものが安全上の問題から大きく見直され、この時代は短く終わりました。
その後は量産ハッチバックを基にした四輪駆動車が主役となり、ランチアは再び頂点に立ちます。037は、時代の転換点に立ちながら旧来の方式で勝ち切った、最後の証人といえるでしょう。
よくある質問
Q. なぜ排気タービンではなく機械式過給なのですか?
A. アクセル操作への応答が速いためです。路面状況が刻々と変わるラリーでは、出力の立ち上がりの遅れが致命的になります。
Q. 037という名前の由来は?
A. 開発計画に付けられた社内の番号に由来するとされます。正式な車名は別にありますが、この数字で呼ばれるのが一般的です。
Q. 何台作られたのですか?
A. 競技への参加資格を得るために必要な台数として、200台規模が作られたとされています。実際の数については資料により差があります。
Q. 公道で乗れる仕様はありますか?
A. 規則上必要な市販仕様が存在します。ただし競技車に近い成り立ちのため、快適性や視界は現代の車とは大きく異なります。
