「走る芸術品」——いすゞ117クーペほど、この言葉が似合う日本車はない。巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが描いた流麗なクーペボディを、日本の職人がハンドメイドで形にした1968年。トラックメーカーのイメージが強いいすゞが生んだこの奇跡のクーペは、半世紀を経た今も日本のカーデザイン史の頂点に君臨し続けている。

TOC
ジウジアーロ、25歳の傑作
117クーペの原型は、ギア在籍時代の若きジウジアーロが手がけ1966年のジュネーブショーで発表された「いすゞ117スポーツ」。優雅な曲面で構成されたイタリアンデザインそのままに、1968年から市販が始まった。複雑な曲面プレスは当時の量産技術では不可能で、初期モデルは熟練工によるハンドメイド生産(月産わずか30〜50台)。この時期の個体は「ハンドメイド117」と呼ばれ、現在最も高い価値を持つ。
主要スペックと変遷
- G161W型:1.6L 直4 DOHC・120ps(国産初期のDOHC量産エンジンのひとつ)
- 1970年:国産初の電子制御燃料噴射(ECGI)仕様を追加
- 1973年:プレス生産化で量産体制へ(通称「中期」)。価格が下がり販売拡大
- 1977年:丸目から角目4灯へ変更(後期)。1.8L・2.0Lへ拡大
- 全長×全幅×全高:4,280×1,600×1,320mm
- 生産期間:1968〜1981年(累計約86,000台)
13年というロングライフの中で、117は「ハンドメイド(前期)」「量産丸目(中期)」「角目(後期)」と3つの顔を持った。デザインの純度ではハンドメイド、実用性と価格では中期・後期と、それぞれに支持層がいる。後継車のピアッツァ(1981年)もジウジアーロデザインで、いすゞとイタリアの蜜月は続いた。
現在の相場
- 後期(角目):100万〜250万円
- 中期(量産丸目):150万〜350万円
- ハンドメイド前期:400万〜800万円超
- チェックポイント:錆び(フェンダー・サイドシル・フロア)が最大の敵。いすゞが乗用車から撤退しているため部品はオーナーズクラブ・専門店のネットワークが頼り。購入前に部品事情を必ず調べること。
117クーペは「効率」とは無縁の存在だ。採算を度外視したハンドメイド生産、13年作り続けられた不変のデザイン——そのすべてが現代の自動車産業では二度とあり得ない。日本車が最も優雅だった時代の記憶として、117は永遠に美しい。
Comments