フィアットのエンブレムを付けながら、ボンネットの下にはフェラーリが設計したV6が収まる。フィアット・ディーノは、そんな成り立ちを持つ稀有な一台です。1966年のトリノ・ショーで発表されたピニンファリーナ製のスパイダーは、実用車メーカーの製品とは思えない伸びやかな姿をしていました。
フェラーリ由来のV6ユニット
この車の主役は、なんといってもエンジンです。バンク角65度のV6は、フェラーリが自社のレース活動のために育ててきたユニットで、ヴィットリオ・ヤーノが基礎を築いた設計に由来します。各バンクにカムシャフトを2本ずつ備える構成で、初期型はおよそ2リッター、軽合金のブロックを持ち、軽快に回る性格が特徴でした。
のちに排気量はおよそ2.4リッターへ拡大され、ブロック材質の変更とともに耐久性が高められます。同時に後輪サスペンションが独立式へ改められ、乗り心地と接地性が大きく向上しました。前期と後期では、同じ名前でも性格がかなり異なります。
なぜフィアットがフェラーリのエンジンを積んだのか
背景にあるのはレースの規則です。当時のフォーミュラ2では、エンジンが一定数量の市販車に搭載されていることが参加の条件でした。少量生産のフェラーリだけでその台数を満たすのは難しく、量産の力を持つフィアットと組むという解決策が選ばれたのです。
つまりフィアット・ディーノは、レースへ出るために生まれた市販車でした。とはいえ間に合わせの車ではありません。ボディはスパイダーをピニンファリーナ、クーペをベルトーネが担当し、両社が競うように仕上げた結果、性格の異なる二つの魅力的なモデルが並び立つことになりました。
同時代のイタリアン・オープンの中で
1960年代後半のイタリアには、アルファロメオのスパイダー、フェラーリのディーノ206/246、ランチアのフルヴィアといった魅力的な選択肢がありました。その中でフィアット・ディーノ スパイダーは、フロントエンジン後輪駆動という穏当な構成に、フェラーリ由来の多気筒ユニットという贅沢を組み合わせた独特の位置にあります。
4気筒の軽快さでも、ミッドシップの鋭さでもなく、上まで気持ちよく吹け上がるV6で長い距離を流す。この落ち着いた速さこそが、この車のいちばんの持ち味です。
主要スペック
前期の2リッターと後期の2.4リッターで内容が異なります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| エンジン形式 | V型6気筒 DOHC(バンク角65度) |
| 排気量 | 前期:約2.0リッター/後期:約2.4リッター |
| 最高出力 | 前期:約160馬力/後期:約180馬力(公称値) |
| 駆動方式 | フロントエンジン・後輪駆動 |
| サスペンション | 後期は後輪独立懸架を採用 |
| ボディ | スパイダー:ピニンファリーナ/クーペ:ベルトーネ |
| 生産年 | 1966年〜1973年ごろ |
コレクターズガイド:クーペとスパイダーの違い
中古車として出会う機会が比較的多いのはクーペで、スパイダーは生産台数が少ないぶん探しにくい傾向があります。選ぶ際にまず重要なのは錆です。イタリア車全般に言えることですが、フロア、フェンダー内側、ボディ下部の状態は必ず確認したいところです。
エンジンについては、フェラーリ系の整備知識を持つ工場が手を入れているかどうかが分かれ目になります。カムベルトや冷却系の管理履歴が残っている個体は安心材料です。前期と後期のどちらを選ぶかは、軽快さを取るか、扱いやすさと快適性を取るかという好みの問題といえます。
「ディーノ」という名の由来
ディーノとは、エンツォ・フェラーリの息子アルフレード(愛称ディーノ)に由来する名です。若くして世を去った彼が、V6エンジンの構想に関わっていたと語り継がれています。フェラーリはこのV6を用いた車に跳ね馬ではなくディーノの名を与え、独立した系譜として扱いました。
フィアット・ディーノもその物語の一部です。実用車メーカーの量産力と、レースを生きるメーカーの技術。本来交わりにくい二つが一台の中で結ばれた背景には、こうした人間的な事情が横たわっています。
フォーミュラ2の舞台と、その後
このV6を積んだフェラーリのフォーミュラ2マシンは、1960年代後半の欧州の舞台で戦いました。市販車の存在が競技参加を可能にしたという意味で、フィアット・ディーノは目的をきちんと果たしたことになります。
生産終了後、フィアットとフェラーリの関係はさらに深まり、イタリア自動車産業の再編が進んでいきました。フィアット・ディーノは、その転換点に立つ証人のような存在です。
よくある質問
フェラーリ・ディーノ246GTとは別の車ですか
はい、別の車です。エンジンの系統は共通しますが、フェラーリのディーノはミッドシップ、フィアット・ディーノはフロントエンジンで、車体もまったく異なります。
クーペとスパイダーではどちらが希少ですか
一般にスパイダーの方が生産台数は少ないとされています。ボディを架装したメーカーも異なるため、雰囲気もかなり違います。
維持は難しいのでしょうか
エンジンがフェラーリ系である分、整備できる工場は限られます。ただし部品の供給は専門業者を通じて比較的確保しやすい部類です。
前期と後期はどこで見分けますか
排気量と後輪サスペンションの形式のほか、外観の細部にも違いがあります。書類とエンジン番号で確認するのが確実です。