屋根の上に伸びたフィン、トランクリッドにそびえる巨大なウイング。1970年代のBMW 3.0 CSLは、そのいでたちから「バットモービル」の愛称で呼ばれました。優雅なクーペに武骨な空力部品を後付けしたようなその姿は、レースに勝つという目的だけが形を決めた結果でした。
L=Leicht、軽さのために削られたもの
CSLの「L」はドイツ語で軽いを意味するLeicht。ベースとなった3.0 CSクーペから、徹底して重さを削ぎ落としたのがこのモデルです。ボンネットやドア、トランクリッドといった開閉部にはアルミ製パネルが用いられ、窓ガラスの一部は薄い素材に置き換えられました。
削られたのは金属だけではありません。防音材は減らされ、内装は簡素化され、快適装備の一部は省かれました。ホモロゲーション、すなわちレース出場のための公認を得る目的が最優先だったため、市販車としての快適性は二の次だったのです。エンジンは直列6気筒で、シリーズの途中で排気量が拡大され、燃料噴射も採用されました。
空力部品が生まれた理由
CSLを象徴する巨大な空力部品は、高速サーキットでの後輪の接地性を確保するために生まれました。フロントには気流を整えるスポイラーとフェンダー上の整流板、リアには大型ウイング。当時としては踏み込んだ空力の使い方でした。
興味深いのは、この装備が公道仕様では取り付けられずにトランクに積まれて納車された例があると伝えられている点です。一部の市場でこうした大型の空力部品が保安基準上認められなかったためで、オーナーが自ら装着することを前提とした苦肉の策でした。レースのための車を無理やり市販したという成り立ちが、ここに端的に表れています。
フォードとの死闘、そしてツーリングカーの時代
1970年代前半の欧州ツーリングカー選手権は、BMWとフォードが激突する舞台でした。フォード・カプリRSという強敵に対し、CSLは軽さと空力で応じます。両者の争いは観客動員を押し上げ、ツーリングカーレースの黄金期を作り上げました。
公道向けのライバルとしては、メルセデス・ベンツのクーペやポルシェ911が挙げられます。ただしCSLは快適な高級クーペでも純粋なスポーツカーでもなく、レースのための道具という独自の位置にありました。
主要スペック
仕様変更が多いモデルのため、代表的とされる範囲を示します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ベース車 | BMW 3.0 CS(E9系クーペ) |
| エンジン形式 | 直列6気筒SOHC |
| 排気量 | 約3.0〜3.2リッターの範囲で推移 |
| 燃料供給 | キャブレター、のち燃料噴射 |
| 駆動方式 | フロントエンジン・後輪駆動 |
| 変速機 | 4速マニュアルが基本 |
| 軽量化手法 | アルミ製の開閉パネル、薄板ガラス、内装簡素化 |
| 空力装備 | フロントスポイラー、フェンダー整流板、大型リアウイング |
| 生産年 | 1970年代前半 |
| 生産台数 | 1,000台強とされる(諸説あり) |
コレクターズガイド:現存する個体の見どころ
CSLの評価を左右する最大の要素は、車体の状態です。E9系クーペはもともと錆に弱いことで知られ、フロントウインドウ周りやリアフェンダー、フロアの継ぎ目に腐食が出やすい傾向があります。
- アルミパネルの有無と、鋼板パネルへの交換歴がないか
- 車体番号と仕様の一致。空力部品の後付け個体も存在します
- 車体各部の腐食と、過去の板金修理の質
- 専用の内装部品や薄板ガラスの状態。再生産品が限られます
後年に外観だけをCSL風に仕立てた個体も流通しているため、書類と車体番号による裏づけが欠かせません。
モータースポーツ部門を育てた一台
CSLの活躍は、BMWのモータースポーツ部門が組織として成熟する過程と重なります。レースで得た知見は市販車の開発へ還元され、のちのM1やMシリーズへとつながっていきました。
また、車体に施された赤・紫・青のストライプは、この時代のレース活動を通じて広く知られるようになりました。今日のMのカラーリングの原点をここに見る人も少なくありません。アートカーと呼ばれる、芸術家が車体に絵を描く企画の初期にもCSLが用いられています。
よくある質問
Q. なぜ「バットモービル」と呼ばれるのですか
A. 屋根やトランクに装着された大きな空力部品の形が、映画やコミックに登場するバットマンの車を連想させたためです。正式名称ではなく愛称です。
Q. 3.0 CSとCSLの違いは何ですか
A. CSは普通のラグジュアリークーペで、CSLはレース出場の公認を得るために軽量化と空力対策を施した派生モデルです。快適装備を削っている点が大きく異なります。
Q. 空力部品がない個体は偽物ですか
A. いいえ。仕向け地の規制により部品を装着せずに納車された例があると伝えられています。逆に後年に取り付けられた個体もあるため、書類での確認が重要です。
Q. 現代のCSLという名称との関係は
A. BMWは後年のMモデルにもCSLの名を用いています。いずれも軽量化を主題とする点で共通しており、この3.0 CSLがその名前の由来にあたります。
