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Bugatti Type 55——ジャンが描いた二座席、グランプリの心臓を積んだ公道の宝石

Bugatti Type 55 の外観

戦前のブガッティには、レースの技術をそのまま公道へ持ち出した系譜があります。1930年代初頭に登場した Type 55 は、その最も分かりやすい実例です。グランプリカーの機構を二座席のロードスターに収め、しかも造形は創業者の息子ジャン・ブガッティが手がけました。速さと美しさが同じ一台に同居した、稀有な瞬間の記録です。

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グランプリ由来のスーパーチャージド直列8気筒

Type 55 の心臓は、グランプリカー Type 51 系で用いられた2.3リッター級の直列8気筒です。ツインカムでバルブを駆動し、スーパーチャージャーで加圧するこの構成は、当時のレース最前線そのものでした。公称出力はおよそ130馬力前後とされ、軽量な車体と組み合わさることで、市販車としては突出した速さを実現しています。最高速はおよそ180km/hに達したと伝えられます。

足まわりにもレース由来の設計が色濃く残ります。中空に鍛造されたフロントアクスルは、加工精度を誇るブガッティの象徴的な部品で、軽量化と剛性の両立をねらったものです。乗り味は快適さより手応えを優先しており、いま運転しても紛れもなくレーシングカーの血が感じられます。

ジャン・ブガッティが与えた造形

Type 55 を語るうえで欠かせないのが、スーパースポーツ・ロードスターと呼ばれるボディです。低く切り下げられたドア、波打つように前後へ流れるフェンダー、そして二色に塗り分けられた外装。これらを構成したのはエットーレの息子ジャンで、当時まだ二十代前半の若さでした。

ジャンはのちに Type 57 系の造形でも才能を発揮し、ブガッティのデザインを一段引き上げた人物として知られます。父が機械の完成度を追い求めたのに対し、息子は形の説得力で応えました。Type 55 は、その世代交代がはっきり見て取れる一台です。

同時代のスポーツカーとの比較

1930年代前半、公道最速を争っていたのはアルファロメオの8C 2300、メルセデス・ベンツのSSシリーズ、そしてブガッティでした。8C 2300 は同じくスーパーチャージド直列8気筒を積み、レースでも数々の勝利を収めています。メルセデスは圧倒的な排気量で押す性格でした。

その中で Type 55 は、比較的コンパクトな車体にレース用エンジンを積む軽量志向という点で独特です。力任せではなく、軽さと精度で速さを作る。この考え方は、のちのスポーツカー設計にも受け継がれていきます。

主要スペック

個体差と資料による差があるため、目安としてご覧ください。

項目内容
エンジン形式直列8気筒 DOHC スーパーチャージャー付き
排気量約2.3リッター
最高出力約130馬力前後(公称値)
駆動方式後輪駆動
最高速度およそ180km/h と伝えられる
ボディ二座席ロードスターのほか、クーペなど少数
生産年1932年ごろ〜1935年ごろ
生産台数40台前後(資料により差があります)

コレクターズガイド:来歴がすべてを決める

戦前ブガッティの世界では、程度の良さ以上に来歴が重視されます。当時の記録に残るレースへの参加歴、初期のオーナー、そしてエンジンやシャシーの番号が製造当時の組み合わせのまま残っているかどうか。この三点が評価の中心です。

Type 55 はもともとの生産台数が少なく、長い年月の中でボディを載せ替えられた個体も存在します。専門のクラブや研究者による調査記録が充実している分野でもあるため、興味を持たれた方はまず文献と登録記録を追うところから始めるとよいでしょう。

モルスハイムという工房

ブガッティの拠点となったアルザス地方のモルスハイムは、単なる工場ではなく、エットーレの美学が形になった場所でした。顧客をもてなす宿泊施設や厩舎を併設し、訪れた人々は車を買うというより、ひとつの世界観に迎え入れられる体験をしたと言われます。

工作機械の設計から手掛け、部品の仕上げを目視で確かめる。そうした徹底が、量産では到達しにくい水準を可能にしました。

レースの現場で証明された血統

Type 55 のエンジンを生んだ Type 51 系は、グランプリの舞台で戦ったマシンです。ブガッティは1920年代から30年代前半にかけてヨーロッパ各地のレースで数多くの勝利を重ね、青いボディは強さの象徴となりました。Type 55 もプライベーターの手でル・マンやミッレミリアといった長距離レースに持ち込まれています。

公道用として販売されながら、そのままレースに出られる。この境界の曖昧さこそ戦前スポーツカーの魅力であり、現代の車では味わえない部分でもあります。

よくある質問

Type 51 とはどう違うのですか

Type 51 はグランプリ用の単座レーシングカーで、Type 55 はその系統のエンジンを公道用の二座席車体に載せたモデルという関係です。用途がまったく異なります。

なぜこれほど台数が少ないのですか

登場した時期が世界恐慌の直後にあたり、高性能なスポーツカーの需要が細っていたためです。もともと少数生産を前提とした車でもありました。

ブガッティの青い車体には意味があるのですか

当時の国際レースでは国ごとにカラーが割り当てられており、フランス勢は青を用いていました。ブガッティの青はその流れを汲むものです。

現在も目にする機会はありますか

欧米の主要なコンクール・デレガンスや戦前車のイベントに姿を見せることがあります。台数が限られるため、遭遇できれば幸運といえます。

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Author of this article

クラシックカー専門ライター。自動車雑誌の編集部に12年在籍し、欧州車・国産旧車の取材を担当。独立後はイタリア・英国のクラシックカーイベント取材やオーナーインタビューを重ね、これまでに試乗・取材した旧車は300台以上。愛車はアルファロメオ ジュリア スーパー(105系)と、レストア中の国産旧車1台。「名車の物語を、次の世代に手渡す」をモットーに、スペックの羅列ではなく“そのクルマが生きた時代”まで伝える記事を心がけている。

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