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Ferrari Testarossa——1980年代を象徴した赤いヘッド、その誕生と伝説

Ferrari Testarossa フェラーリ テスタロッサ

1984年10月、パリ。世界最大の自動車見本市の会場に、ピニンファリーナがデザインした新型フェラーリが姿を現した瞬間、会場は静まり返った。そして次の瞬間、割れんばかりの歓声が上がった。テスタロッサ——「赤いヘッド」という名を持つこの車は、1980年代のスーパーカー文化を象徴する存在となり、いまなお多くのカーマニアの心を捉え続けている。

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「テスタロッサ」という名前——赤いヘッドの伝統

「テスタロッサ(Testa Rossa)」はイタリア語で「赤いヘッド(赤いシリンダーヘッド)」を意味する。この名称はフェラーリの長い歴史の中で特別な意味を持ち、1958年から1961年に活躍したレーシングカー「250 テスタロッサ」に由来する。当時のレーシングカーはシリンダーヘッドを赤く塗って識別することがあり、この伝統的な赤いヘッドが名前の由来となった。1984年の市販テスタロッサはこの名誉ある名前を受け継ぎ、フェラーリの新世代フラッグシップとして誕生した。

最大の特徴——サイドストレーク(側面のえら)

テスタロッサの外観で最も印象的なのは、サイドパネルに設けられた大型の「ストレーク(えら状のスリット)」だ。左右合わせて9枚ずつ、合計18枚のフィンが車体横を大きく覆う。これは単なるデザインではなく、完全に機能的な必然から生まれた。ミッドに搭載された水平対向12気筒エンジンは大量の空気を必要とし、そのインタークーラーを冷やすためのダクトが左右のサイドパネルに組み込まれた。横方向に張り出した幅広のリアフェンダーと合わせて、テスタロッサは独特のワイドボディシルエットを獲得した。

項目詳細
製造年1984〜1991年
エンジン4.9L 水平対向12気筒 DOHC
最高出力390馬力 / 6,300rpm
最大トルク490Nm / 4,500rpm
変速機5速MT
全幅1,976mm(当時の市販車最大級)
車重1,506kg
最高速度290km/h
0→100km/h5.8秒
生産台数約7,177台

マイアミ・バイスとポップカルチャーへの影響

テスタロッサが単なるスーパーカーの枠を超えて「文化的アイコン」となったのは、アメリカのテレビドラマ「マイアミ・バイス(Miami Vice)」の影響が大きい。1984年から1990年まで放送されたこの刑事ドラマで、主人公ソニー・クロケット(ドン・ジョンソン)が乗り回す白いフェラーリ(後にテスタロッサに変更)は、80年代アメリカのポップカルチャーを象徴するアイコンとなった。アメリカ全土の少年たちがテスタロッサのポスターを部屋に貼り、その名を憧れとともに口にした。

テスタロッサはビデオゲームにも登場した。「アウトラン(1986年)」「グランツーリスモ」シリーズ、「フォルツァ」シリーズなど、数多くのレースゲームがテスタロッサを収録し、ゲームを通じてその姿を知った世代も多い。1980年代から1990年代初頭にかけて、テスタロッサはフェラーリの「顔」であり続けた。

水平対向12気筒——フラットな巨人

テスタロッサのエンジンレイアウトは、フェラーリの中でも特異な「水平対向12気筒(ボクサー12)」だ。6気筒×2バンクが水平に寝た状態で向かい合い、ピストンが水平方向に動く。このレイアウトは重心を低く保てる利点があり、コーナリング時の安定性に寄与する。4,943ccの排気量から390馬力を絞り出し、最高速度290km/hを可能にした。ただしエンジンの横幅が非常に広いため、車体全幅1,976mmという当時最大級の数字となった。

512TR・F512M——テスタロッサの進化

1992年、テスタロッサはマイナーチェンジを受け「512TR(Testarossa)」に進化した。出力は428馬力に向上し、外観も若干モダナイズされた。さらに1994年には最終進化形「F512M」が登場。出力は440馬力に達し、ポップアップ式ヘッドライトが廃止されてより現代的な顔つきに変わった。F512Mは1996年に生産終了となり、その後継として「550マラネロ」がフロントエンジンに回帰したことで、テスタロッサ系列の時代に幕が下りた。

テスタロッサが現役だった約12年間、その独特のワイドボディシルエットは世界中で愛された。1984年から1996年の間に生産されたテスタロッサ系列の総台数は約10,000台。これはフェラーリの同一モデルとしては多い部類に入り、今日でも世界各地で良好な個体が現役として走り続けている。

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